保育園

シンガポールのどローカル保育園あるある vol.2-イベント編

シンガポールのローカル保育園では、年に何回か全園的なイベントが行われます。

わたしの娘も1歳半からローカル保育園に通っているので、3歳半になるまでの2年間。
いろいろなイベントに参加してきました。

旧正月、母の日、端午の節句、運動会、建国記念、中秋の名月、クリスマスなどなど。

なお、シンガポールの蒸し暑い気候のせいで、遠足など、外出を伴うイベントはあまりありません。

さて、今回は、前回の「シンガポールのどローカル保育園あるある vol.1-日常編」に続き、保育園のイベントも、大変合理的で親も子どもにとっても楽しめるものになっていることをご紹介します。

一見、「雑」なのように見えるのですが、実は本質的で「子ども目線」になっているんです。

卒園式も兼ねたクリスマス会。踊りバラバラ、泣く親ゼロ、くじ引きが一番盛り上がる?!

シンガポールの学期は、1月に始まり12月に終わります。

その関係で、私の娘の通う保育園ではクリスマス会と卒園式をいっしょに行っています。

クリスマス会では、各学年の子どもたちが、中国系やインド系の音楽に合わせて踊ったり、卒園証書の授受をしたりします。

内容だけみると微笑ましく、感涙もの…のはずなのですが、蓋をあけるとそんな雰囲気はまったくありません。

まず、クリスマス会は、親が来れるように土曜日実施なのですが、土曜も仕事の家庭もあるので途中で来たり抜けたりとバラバラ。

親が来ることができなかった家庭もありました。

出し物の踊りも、練習はしていたんだろうが、当日も先生が近くで踊ってみせていて、それにそれぞれの踊り方で合わせているので、まるで「おかあさんんといっしょの体操の時間」状態。バラバラ。

楽曲もポップミュージックでひたすら明るい。

特に、昨年は卒園するのが女子だけだったので、アイドルになったような気分なのか、ニッコニコ。

会の終盤に親向けに、懸賞品つきのくじ引き大会がありこれが、一番盛り上がりました。

わたしたちは、紫の大きめのスカーフがあたりました!
これは忘年会だなと毎年思います。

時間にしてだいたい1時間半くらい。
わいわいにぎやかに子どもたちを送り出す。
まさに、文化の違いを感じた経験でした。

運動会、お誕生日会…イベント目白押しだけどドライな感じ。

クリスマス会もの他にも、運動会にも参加しました。

運動会といっても、広い園庭はないので団地の下のピロティーで行われました。
ボールを持って走ってリレーしたり、スポーンにボール入れたり。
学年縦割りで、4色のチームにわかれて競い合いました。

競技中はカオスそのもの。

ルール通りにできのは、年長さんくらい。
バタバタした1時間。山がどこだったのかわからず。
運動会は、なんだかわからないまま終わりました。

また、誕生日会もコンパクト。

こちらでは、子どもの誕生日会に親が出席するのが一般的。
午後3時くらいに親が大きなケーキをもって登園して、ハッピーバースデーを歌って写真撮って帰る。

主役の子は、すこしおしゃれな服を着てみんなからお祝いしてもらいます。
15分くらいで終わります。親も、さっと帰る。

最後に、主役の子どもは、親が作ったグッディバッグ(お菓子や小さい文房具などがはいった、お返しプレゼント)を配ります。
これを子どもたちみんなは楽しみにている。

これら以外の、イベントもどれもこれもさくっと終わります。
写真も、撮ったっり撮らなかったり。
先生によって対応が異なります。

どのイベントも、わたしからすると「ドライ」な感じがしました。
せっかく、子どもが成長した姿を見られる機会なのに、なんだかさっと終わってしまうような。

物足りない、わたしはもっと感動したいのよ!と思いました。

イベントは誰のものか。

でも、保育園のイベントは「誰」のためなのでしょうか。

卒園や運動会など、場合によっては親が感動するポイントは多いのかもしれませんが、こちらの文化ではあくまで親も子どもが一緒に「楽しめる」行事という捉え方のよう感じました。

イベントは「楽しいこと=笑えること」という側面が強いようです。

事実、卒園式で泣いていたのはわたし(お友だちの成長に感動してしまったw)くらいで、当人の親は笑っていました。

感動するポイントもあったのでしょうが、それよりもニコニコ楽しんでる感じが。

わたしがこれまで、こうしたイベントごとは「感動するもの」だという考え方に偏っていたのだと痛感しました。

イベントは、家庭以外の場所で複数の親や子どもとともに、楽しい時間を共有するための機会と捉えることもできる。

そんなことをローカル保育園から学びました。

完璧を求めない楽しいイベントは負担の軽減、そして子どもの自己肯定感へ。

そして、「楽しい」ことが、イベントが目的になると多少踊りがカオスでもいいじゃないかとなる。

バラバラも面白くていいじゃないと。

運動会も、途中で泣いてしまって棄権してもいいじゃないかとなる。

それも、親が「あらあら〜」と抱っこしたりして、楽しいじゃないかと。

誕生日会も、グッディバッグさえあればいいじゃないか。

もらった子どもたちが嬉しいのだからと。

イベントに対して、先生も、親も、子どもも誰もみんな「できない」ことに対して構えない。できなかったらどうしようなんて、誰も思わない。

できなくても、楽しめばいいんだよイベントなんだからという合言葉が裏メッセージとしてあるように思います。
ひいては、こうした親や先生の姿勢は、「楽しいことを楽しもう、失敗なんてないんだ」と子どもが思え、高い「自己肯定感」の形成につながるのではと思いました。

ローカル保育園がどこまで意識しているのかは、わかりません。

しかし、イベントに参加するたびに本質的で合理的な内容になっていると感服し、むしろわたしのほうが「こうしてほしい」という価値観を押し付けていることに気づかされてきました。

現在、娘は年少。これまでのイベントでは、親同様泣き顔ばかり。
今年こそは、笑顔でしっかりイベントを楽しんでもらえたら嬉しいのですが。

その前に、わたしが一人感動して泣いちゃうのを見直さないといけないですねw

ABOUT ME
aikomochi
aikomochi
シンガポール在住。コンサルバリキャリ卒業後、フリーランスのライターとして道なき道を前進中。アジアンな見た目でローカルライフに溶け込みながら、家族でローカルライフを満喫中。タイ語・中国語・英語を少し話せます。

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